不倫や浮気は民法上の「不貞行為」にあたり、離婚の理由になるだけでなく、慰謝料請求もできる可能性があります。しかし、肉体関係なしの不倫や浮気も不貞行為にあたるのでしょうか。肉体関係なしでも慰謝料請求ができるのか、相場はどれくらいなのかを裁判例をもとに解説します。
肉体関係のない密会は不倫?慰謝料は請求できる?
不倫や浮気は結婚相手に対する裏切り行為で、夫婦関係を破綻させてしまうことがあります。民法でも、不倫や浮気は「不貞行為」として離婚裁判を認める理由の一つに挙げられています。つまり、不倫や浮気は夫婦の信頼関係を損なうだけでなく、不法行為にあたるということです。
もちろん不貞行為は、慰謝料を請求する理由にもなりますが、結婚相手が不倫や浮気をしたことを証拠で証明しなければなりません。どんなに状況的に怪しくても決定的な証拠がなければ「不貞行為があったとまでは言えない」と判断されてしまうことがあります。
それでは、直接的な証拠がなく、結婚相手が「密会はしていたが、肉体関係なしだった」などと主張した場合、慰謝料請求はできないのでしょうか。いったい、どこから不貞行為と認められるのでしょうか。肉体関係なしでも不倫や浮気で慰謝料請求ができるのかを解説します。
肉体関係がないと不倫にならない?
民法770条では離婚裁判を起こせる理由を定めていて、これを法的離婚事由といいます。法的離婚事由は次の5つです。
(裁判上の離婚)
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
条文で「配偶者に不貞な行為があったとき」と定められていますので、不貞行為は結婚生活を破綻させる不法行為ということになります。また、不法行為とは、他人の権利や利益を侵害する行為のことで、それによって損害が生じたときは賠償(損害賠償)をしなければなりません。慰謝料も損害賠償の一部で、いわゆる「精神的苦痛」に対して支払われます。
ただ、ここで問題になるのは、どこから不貞行為になるのかという点です。結婚相手に時折密会する相手がいるとして、時折食事をする程度でも不貞行為になるのか、手をつないだりキスをしたりという行為も不貞行為に問われるのか、肉体関係なしのケースがどのように判断されるのかを説明します。
不貞行為は肉体関係が前提
一般的に、「不倫」や「浮気」といいますが、どちらも法律用語ではなく、厳密な定義もありません。特に浮気は結婚しているかどうかに関係なく、特定の交際相手がいるにもかかわらず、他の異性とも交際するという意味にも使われます。不倫も、肉体関係があるかどうかを問わず、妻や夫以外と異性と交際することを指す場合があります。
これに対し、不貞行為は昭和48年11月15日の最高裁判決で次のように明確に定義されています。
民法七七〇条一項一号の不貞な行為とは、配偶者のある者が、自由な意思にもとづいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいい、相手方の自由な意思にもとづくものであるか否かは問わない。
つまり、配偶者がいるのに肉体関係を持つことを「不貞行為」といい、不貞行為は不倫や浮気の一部ということが言えます。このため「交際している異性がいるのに浮気した」「妻や夫が何度も異性と密会しているが、肉体関係があるかどうかは分からない」という場合は、基本的に不貞行為とは見なされません。
精神的苦痛で慰謝料請求できることも
不貞行為とは見なさない以上、不倫が強く疑われても、肉体関係なしの場合や肉体関係の証拠がない場合は、慰謝料請求ができないのでしょうか。実はレアケースですが、肉体関係なしでも不法行為と判断され、精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求が認められた裁判例もあります。
ただ、「こうした場合は慰謝料が認められる」と明言するのは難しく、個別の事情で判断されるため、似たようなケースでも慰謝料が認められたり、認められなかったりと判断が分かれます。自分も慰謝料請求できるのではないかと思ったら、弁護士に相談してみましょう。
肉体関係なしの不倫でも慰謝料請求が認められた裁判例
肉体関係なしでも、夫婦関係を損なう不法行為だとして、慰謝料請求が認められた判例をいくつか紹介します。
高価なプレゼントや不倫旅行が不法行為とされたケース
【東京簡裁判決 平成15年3月25日】
妻である原告が、夫と一時交際していた女性を訴え、慰謝料として10万円の請求が認められました。
夫は被告女性との約半年の交際の間、食事に出かけたり映画を見に出かけたりし、数万円のプレゼントを贈ったほか、一緒に大阪へ旅行もしていました。また、被告女性は恋愛感情を吐露する手紙も夫に送っています。
2人の間に肉体関係は認められませんでしたが、東京簡裁は「社会的妥当性の範囲を逸脱している」として、「夫婦生活の平穏を害し、妻に精神的苦痛を与えた」と判断しました。
結婚を懇願したことで結婚生活を破綻させたとして不法行為とされたケース
【東京地裁判決 平成17年11月15日】
夫と子がいる女性と交際し、夫に対し「結婚させてほしい」と懇願した男性が、夫から「夫婦関係を破壊した」と訴えられ、70万円の慰謝料の請求が認められました。
男性はアルバイト先で女性と知り合って交際を始め、互いに結婚を考えるようになりました。このため、男性は夫に対し「女性と結婚させてほしい」と何度も懇願し、やがて妻は家を出て、間もなく離婚が成立しました。
2人の間に肉体関係は証明されませんでしたが、東京地裁は肉体関係の有無にかかわらず、夫婦生活を破壊させたことが不法行為にあたるとし、慰謝料の支払い義務が生じると判断しました。
キスや離婚の要求が離婚を招いたとして慰謝料の請求が認められたケース
【東京地裁判決 平成20年12月5日】
既婚男性と結婚を約束して交際し、妻に離婚を求めたほか、男性とキスをするなどしたとして妻から訴えられた女性が250万円の慰謝料を支払うよう命じられました。
男性と女性は頻繁にメールもやり取りし、一緒にホテルに泊まったのではないかとの疑われる写真もありました。
東京地裁は肉体関係があったとは認められないとしたものの、キスや離婚を要求するなどの行為で離婚に加担したとして、不法行為を認めました。
メールの内容から慰謝料の請求が認められたケース
【東京地裁判決 平成24年11月28日】
妻子ある男性に「会いたい」「大好き」などのメールを送っていた女性を妻が訴え、30万円の慰謝料の支払いを命じました。
女性は男性と約2年間交際しており、その間、しばしば会っていたほか、恋愛感情や性的な接触をうかがわせるメールを男性に送っていました。
東京地裁は不貞行為にはあたらないとしたものの、メールの内容は「結婚生活の平穏を害するようなもの」だとして慰謝料の支払いを命じました。
肉体関係なしの不倫に慰謝料の相場はある?
不貞行為は基本的に肉体関係があることが前提となります。しかし、肉体関係がなくても、不倫の事実や言動が結婚生活が破綻する原因の一つとなったと認められれば、慰謝料請求が認められることがあります。しかし、紹介したケースはレアケースで、似たような訴えなのに慰謝料請求が認められなかったケースも少なくありません。
もし、慰謝料が認められた場合、慰謝料の相場はどれくらいの額になるのでしょうか。
慰謝料の額はケースバイケース
離婚をめぐる裁判は、夫婦の個別の事情によって結果は大きく左右されます。例えば、メールのやり取りが不法行為にあたるかが争われた裁判でも、慰謝料が認められたケースと、認められなかったケースがあり、メールの内容だけでなく、実際に一緒に宿泊したという事実が確認できたかなど、ほかの事情も判決を左右します。
同様に慰謝料の額も、離婚したかどうか、離婚に至る経緯、交際期間や会った回数などによって変わるため、「相場」などと一概に言うことはできません。裁判に至らない示談を含めると、10万円程度から数百万までさまざまなケースがあります。特に示談の場合、個人的な事情によって相手が多額の慰謝料の支払いに応じることもあります。
不倫や浮気による離婚や慰謝料請求では、不貞行為の証拠が重要となりますが、肉体関係のない不倫の場合も、親密さや肉体関係を強く疑わせる証拠をいかに多く収集するかが大切です。
肉体関係なしの不倫で慰謝料請求を考えたら弁護士に相談を
夫や妻が不倫や浮気をしている事実をつかんでも、肉体関係があることを証明できなければ「肉体関係なし」として扱われ、慰謝料請求が認められない可能性が高くなります。もし、慰謝料請求が認められても、肉体関係が認められたケースに比べ大きく減額されてしまうかもしれません。
慰謝料請求を行うには、証拠が重要です。場合によっては交渉力が問われることもあるでしょう。肉体関係なしの不倫で慰謝料請求ができるかどうか悩んだら、弁護士に相談してみてください。きっと適切なアドバイスが受けられるはずです。