【元調査官】「調査は子どもを傷つけかねない」【前編】
更新日: 2024年04月23日
家庭裁判所で親権者指定・変更、監護者指定、面会交流が争点となる場合、調査官はどのような視点で調査を進めるのか。また、子どもを調査するのはどのようなケースでどこに着目するのか。同居親、別居親ともに気になることを元調査官の河合明博さんに詳しくうかがいました。
裁判官の「できないこと」をする家庭裁判所の調査官
――最初に家庭裁判所における調査官の役割を教えてください。
家裁の調査官は、心理学、社会学、社会福祉学、教育学といった「行動科学」を専門にした職種で家裁では家事事件と少年事件の両方をお手伝いしています。
補佐・補充と言うのですが、裁判官ができることを補助的にやるのが「補佐」。裁判官ができないことをやるのが「補充」です。
裁判官ができないこととは、裁判官は法律の専門家ですから、心理学的に面接をするのは専門外です。こういうことが補充の部分になります。
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最高裁にも高等裁判所にも「裁判官の調査官」はいるのですが、家庭裁判所の調査官は一般職です。
「調査官調査」のプロセス
――調査官はどの時点から調査に着手するのですか。
その前に理解しておいてほしいのが、親権者指定と監護者指定の違いです。
いま共同親権を取り入れるのかどうかという議論がされていますが、もし共同親権となった場合、離婚後両親とも親権者になるため、監護する人を決める、つまり「監護者指定」を行なうことになるのではないかと予想されます。ただ、今の法律では離婚の場合に行なうのが「親権者指定」。「監護者指定」は別居状態の場合なのです。
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まず調停で話し合うわけですが、調停だけではなかなか話がつかない場合には、裁判官の命令によって調査を行なうことがあります。
――調査の手順を詳しく教えてください。
調査の内容は基本的に親権者指定も、監護者指定も同じです。調査にはいろいろなバリエーションがありますが、最も典型的なものが「適格性」といって、どちらが親権者や監護者として適格かを調査します。
実際にどのように子どもの面倒を見ていくのか、まずは「監護態勢」を調査します。最初に父母双方に今までの育児のことやこれからの育児方針などの陳述書を書いてもらう。それを基にしながらそれぞれから2時間ほど話を聞きます。
それぞれに話を聞くので、別の日程で面接(調査)します。とくにDVなどが離婚原因の場合、住んでいるところも相手に隠していることがあるので、細心の注意を払う必要があります。
時間内に終わらない場合は2回に分けることもあります。現在子どもと暮らしていない方の場合、これまでお子さんとどのように関わってきたのか、これからどのように養育していくのかを具体的に話してもらうことになります。
次に、現在どのようなところで育てているのか、これからどのような場所で育てるのかといった環境調査、つまり家庭訪問をします。監護者を指定する場合に家庭訪問は欠かせません。
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――家庭訪問以外にも参考にするポイントはありますか。
別居するまで主にどちらが養育をしていたのか考慮します。
いきなり父親が育てるといっても、それまではほとんど妻に任せきりだった、逆に妻が働いていて夫が見ていた場合もあります。
普段子どもを見ていなかった親が監護者になった途端、育てられるかというと、それは難しいですからね。それまでの主な養育者が誰だったかは大きなポイントになります。
お風呂はどっちが入れていたか。オムツはどちらが取り替えていたかなど、それぞれの親に育児についていろいろなことを詳細に聞きます。
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精神的に不安定でも育児はできる?
――子どもは親の事情になるべく影響されずに育ってほしいですよね。
そうなんです。だから親の心身の状況や安定しているかどうかも、ひとつのチェックポイントになります。
ただよくあるのは、DV被害者の方がメンタルをやられたと訴えていると、そんな精神的に不安定な人に育児ができるのかと言われることです。
このような場合、医師の治療を受け、薬を服用して精神が安定しているのであれば不適格だということにはなりません。
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場合によっては両方の家庭訪問を行ない、調査官は客観的に両親の状況を見ていくこともあります。また、保育園、幼稚園、学校といった環境の調査もします。校長・園長や担任など関係者から子どもの様子や登園・通学状況などを聞き取り、調査します。
子どもへの調査は慎重に
――環境調査で結論が出ない場合に子どもの調査が行われるのでしょうか?
当事者から事情や意向を伺い、更に環境調査を行って、そこで双方が妥協できるのであれば、子どもへの調査は行いません。
もちろんするかどうかは裁判官の命令によりますが、調査官が必要ないと判断したときは、その旨を裁判官に伝えます。
日本は子どもの権利条約を批准しており、条約には子どもの意見表明権が盛り込まれていますから、権利は守られなければなりません。ですから、審判になれば、基本的に子どもの意向や心情を調査することになりますが、やはり子どもの調査は子どもに相当な負担をかけるので、調停段階では、しないで済むのであればしないに越したことはないと思っています。
意見を述べさせることは、時に子ども自身を傷つけることになるのです。
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親権者や監護者を決めるために、子どもに「どちらと暮らしたい?」という質問をすることがあります。
子どもが仮に「お母さんと暮らしたい」と答えたとすると、それはお父さんを裏切ることになるんです。でも、子どもはたとえ嫌いだとしても、お父さんを裏切りたくはないのです。
また、「お父さんのところには行きたくない」と答えたとしても、「お父さんに会いたい」と言えば、お母さんを悲しませることになるから、そう答えているだけなのかもしれない。
そういう選択は、子どもにとって大きなストレスだと思いますから、なるべくなら子どもにそのような思いをさせたくないのです。
――子どもの年齢によって調査する、しないは変わりますか?
先ほども述べたように、双方の調査や環境調査でも妥協点が見つからないのであれば、調査はせざるを得ません。ですから、調査するかしないかということではなく、意見そのものを聞くのかどうか、ということでしょう。
高校生くらいであれば、意見そのものを聞いてあげた方がよいでしょう。今は18歳で成人なので、17歳までの子どもということになりますが。審判の場合、15歳以上の場合、意見を聞かなければならないと、法律で決まっています。
このくらいの年齢になると、言いたいことがあるんですよ。「これは向こうの親には言って欲しくない。この調査限りとしてください」とか「これはお父さんに言ってもいいけどお母さんには言わないでほしい」などと、はっきり言えるようになるので、それは聞いた方がいい。
後編:【元調査官】「会いたい」も「会いたくない」も子どもの本心【後編】
この記事は2023年10月25日に公開しました
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