【元調査官】「会いたい」も「会いたくない」も子どもの本心【後編】
更新日: 2023年10月25日
将来を担う子どもが育つ環境は母親と一緒がいいのかあるいは父親がいいのか……。子どものこれからの人生に関わる重大な判断を迫られる調査官は常にニュートラルな心情を持ち続けていなければならない。そして大きな責任に押しつぶされない頑強な精神も必要だと。元調査官・河合さんの話は続きます。
子どもの調査には心情調査と意向調査がある
――子どもの調査についてもう少し詳しく教えてください。
子どもの調査には「心情調査」と「意向調査」があります。小学校低学年くらいまでの子どもの場合はどちらかというと、心情調査になります。
「お父さんはどんな人?お母さんはどんな人?」と、意思に関わらず単にどう感じるかを聞くのが心情調査。「お父さんと住みたい?お母さんと住みたい?」「お母さんに会いたい?お父さんに会いたい?」という聞き方をするのが意向調査です。
ですから、あくまでも目安ですが小学校低学年くらいまでは心情調査が主で、小学3、4年生の場合にはその子の成長に合わせます。小学5、6年生になると意向も聞けるようになることが多いように思います。
幼い子どもにも何故調査をするのか説明します。「お父さん、お母さん、どちらと一緒に住んだらいいかなっていうのを決めるためにお話を聞くんだよ。でも、決めるのはお父さん、お母さん、裁判所だからね。あなたのお話だけで決まってしまうわけではないの。だから、心配しないでお話してね」というような説明をします。
子どもの気持ちは変わるし答えはひとつではない
――両親の間に挟まれた子どもの気持ちは複雑ですよね。
そうなんです。今日はお母さんが好きという日もあれば、怒られた直後ならお母さんは嫌いだから、お父さんといたいと思うかもしれない。
だから子どもの調査は難しいんです。日によっても違いますし、複雑な思いもありますから。「お父さんのことは嫌いだけど、好きなところもある」というような気持ちです。
※写真はイメージ(iStock.com/scyther5)
例えばお母さんと暮らしている子どもがお父さんと面会するとしますよね。面会に行く前はお母さんに「行きたくない」などと言うんです。そして帰ってきたら「あまり面白くなかったよ、もう会わなくてもいい」と言う。
ところがお父さんに会った帰り際、お父さんに「まだ帰りたくない」なんて言うんです。これは嘘をついているわけではなくて、全部本心なんですよ。本心だし、そうやって自分の身を守っているかもしれない。
でも、その言葉にお父さんは「僕のところがいいから帰りたくないんだ」と思い、子どもの意見を聞いてくれとなります。一方お母さんは「行きたがらないんです。本人に聞いてもらえばわかります」となる。
辛いですよ、子どもは。このような二律背反な思いが子どもにはあることを、調停段階で調停委員が両親に話さなくてはいけないと思いますね。
なるべく調停で合意できるようにしたい
――調査は調停の段階から始まるのですか?
これは、飽くまでも私の印象ですが、都市部と地方では様子がかなり違います。都市部では弁護士が付くケースが多く、訴訟までいくことが多い。
離婚調停の段階で、子どもにストレスがかかる調査をしても、不成立になって訴訟に行ってしまうと、せっかくの調査が無駄になってしまうので、都市部の場合、調査は訴訟で行うことが多いように思います。
一方、地方では、調停での話合いを重視する傾向が強く、訴訟まで至るケースが少ないため、調査が無駄になることが少ないので調停段階で調査することが多いような印象を持っています。
――調停から審判に進むことで親の考えは変化するのでしょうか?
家事事件手続法の中に、子どもに影響する審判をするときには子どもの意見を尊重しなければいけないと書いてあります。さらに15歳以上の子どもの場合は意見を聞かなければいけないとも書いてあります。
監護者指定や面会交流事件は対立が激しく、調停での話合いではまとまらず、審判となるものも多いのですが、調停委員会も調査官もなるべく審判に至らないように努めます。
なぜなら、審判が出たからといって、両親の気持ちが変わることは少ないからです。会わせないと言っている人になんとか納得して会わせるようにしてもらいたい。だから調停と調査を行ったり来たりして長引くのです。
――最近の面会交流事件の傾向はどのような傾向になっていますか?
面会交流については「会わせることが子どものためには必要である」という考え方は浸透してきているように思います。子どものためになることは分かっているけれど、会わせることはできない、という気持ちから、対立が深刻になっているのです。
子どもの意向や心情を調査しても、なかなか妥協点が見いだせないときに、一緒に暮らしていない方の親と子どもに実際に会ってもらい、会っているときの親子の様子を観察して親和性などを見せてもらうことがあります。これを「試行」というのですが、単に別居親と子を会わせるために試行をするわけではありません。
※写真はイメージ(iStock.com/kohei_hara)
“子どもの気持ち”を書面に落とし込む責任の重さ
――調査によって、両親、子どもの置かれる状況が決まるわけですよね?
親権者指定・変更、監護者指定、面会交流など、どれも最終的には審判で決定される。つまり裁判官が決めるのですが、その決定を下す基になるのが調査官の調査です。
調査の結果が審判に大きく影響するため調査官は責任の重い仕事です。調査官の組織は基本的に、主任調査官という管理職が1人、調査官が2人という3人組みで構成されており、情報を共有し、必要に応じて協議し、主任調査官の指導を経て、裁判官に提出します。
繰り返しますが子どもの答えはひとつじゃない。だから難しいのです。
その気持ちを報告するのですから、調査官は常に自戒しています。こちらの気持ちが子どもに伝わることで子どもに影響を与えないよう、表情も常にニュートラルでなければいけないのです。
法改正で離婚する夫婦の争い事が減るとは思えない
――調査官は大変な仕事ですが、その意義は大きいですね。
調査官は全国で1500人程しかいないんです。離婚件数から考えてもおわかりいただけると思いますが、調査官はとても忙しい。
以前は子どもの調査まで至るケースは少なかったんです。別れたら子どもは母親が育てるという風潮があり、親権者になりたい父親が少なかったので揉めなかったのです。でも、今は違う。
近年では、別れても両親と会うという基本スタンスはありますが、会わせるかどうかは各家庭の状況によって変わります。直接の面会が難しいときは、手紙のやり取り,WEBを使った方法など、別の方法も考えるのが今の主流です。
個々のケースに対応する必要があるため、もう少し調査官の数が増えるといいのですが……。
――これから共同親権に移行することについてどう思いますか?
共同親権になって父母それぞれが親権を持ったとしても、半々に監護を交代するといったケースはそう多くなく、主たる監護者をどちらかに決めることになるのではないかと思います。そうなると、監護者指定で両親が揉めることは変わらないかもしれません。
※写真はイメージ(iStock.com/ADragan)
前向きな離婚は子どもの負担をやわらげる
――最後に、離婚を考える親に向けて一言お願いします。
離婚する親に向けて伝えたいことは、子どもの目線に立って考えてほしいということです。
子どものために別れない方がいいと言う親がよくいますが、それは子どもにとって負担になることがあるんですよ。自分のために本当は仲良くない親が一緒にいると思うことが辛い。そういう思いを子どもにはさせてほしくないですね。
それから、難しいことかもしれませんが、過去を引きずらずに前向きに別れてほしい。
※写真はイメージ(iStock.com/kohei_hara)
面会交流がうまくいかないのは、浮気や暴力を受けた辛い過去に引きずられ、別れに対して前向きになれないことも要因のひとつかもしれない。もちろんそれは当然だと思いますから責められるものではありません。
そういうときこそ第三者機関を使うなどして、前向きになることが、子どもに負担をかけないことになるのだと考えてもらえればと思います。
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