カサンドラ症候群とは、発達障害の人の家族が、うまくコミュニケーションを取れないことから疲弊して心身に不調を来す状態のことを言います。夫や妻が発達障害で、そのパートナーがカサンドラ症候群になった場合、離婚率が高くなると言われますが、それはなぜでしょうか。カサンドラ症候群の特徴や離婚の可能性について解説します。
鈴木 秀一/北松戸ファミリオ法律事務所(千葉県弁護士会所属)
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カサンドラ症候群とは?
まず、「カサンドラ症候群」とはどういったものなのか解説します。
カサンドラ症候群の定義と症状
カサンドラ症候群は正式な病名ではありません。医療機関を受診した場合の診断名としては、うつ病、パニック障害、不安障害、不眠症などとして診断されることが一般的です。この状態は、2003年に心理学者がカサンドラ症候群と名付けていますが、障害名としては確立していません。そのため、診断名としてのカサンドラ症候群ではなく、「状態」として捉えることになります。
「カサンドラ」とは?ギリシャ神話由来の名称の背景
カサンドラ症候群という名称は、ギリシャ神話に登場るトロイの王女の名前です。太陽神アポロンはカサンドラを愛し予言能力を授けました。しかしカサンドラはアポロンからの求愛を拒んだため、怒ったアポロンは「予言を誰も信じない」という罰を与えました。そのため、カサンドラの予言がたとえ正しくても周囲から「嘘つき」呼ばわりされるようになったという悲しい物語に由来しています。
この神話と同様に、カサンドラ症候群の当事者は、世間的には良い夫(妻)と思われている配偶者とのコミュニケーションが取れず、その不満を周囲の人に打ち明けてもなかなか分かってもらえない状況に置かれます。
カサンドラ症候群を引き起こす発達障害

発達障害は、生まれつきの脳機能の働き方の違いによって、特徴的な行動や感情の表現方法が現れる状態です。発達障害者支援法では、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能障害と定義されています。
発達障害は、主に以下の3つに分類されます。
- 自閉スペクトラム症(ASD):人との関わりやコミュニケーションが苦手、興味にかたよりがある・こだわりが強い、感覚と運動にかたよりがあるなどの特徴
- 注意欠如・多動症(ADHD):不注意、衝動性、多動性といった特性
- 学習障害(LD):聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す状態
発達障害がある人の多くは、コミュニケーションが苦手で、こだわりが強く、関心のない事には全く興味を示さない傾向があります。このため、周囲から「変わり者」「自分勝手」と見られることもあり、配偶者との関係においてもストレスの原因となる場合があります。


カサンドラ症候群はなぜ離婚率が高いのか?

コミュニケーション不全による夫婦関係の悪化
カサンドラ症候群による離婚率の高さには、複数の要因が関与しています。特に、ASD(※自閉スペクトラム症)に顕著にみられる傾向です。ASDには、「コミュニケーション能力の欠如」「対人関係の問題」「限定された物事への強いこだわり」といった、主に3つの代表的な特性があります。これらの特性により、アスペルガー症候群はコミュニケーションに困難があるため、会話自体は普通にできても、その発言の意図が読み取れなかったり、相手が傷つくとは思わずに失礼なことを言ってしまう傾向があります。
具体的には、曖昧な表現が苦手で明確な言葉がないと理解が困難なため、比喩表現などをそのままの意味で受け取ってしまいがちです。また、場の空気を読むことに困難があり、相手の気持ちを理解したりそれに寄り添った言動が苦手な傾向にあります。そのため、社会的なルールやその場の雰囲気を平気で無視をしたような言動になりがちで、対人関係を上手に築くことが困難です。
こういったコミュニケーションの困難を常に受け止めているパートナーや家族が、意思疎通がうまくできず、結果として離婚を選択せざるを得ない状況になることがあるようです。
※自閉スペクトラム症は以前、自閉症、アスペルガー症候群などに分けられていましたが、2013年にアメリカ精神医学会の診断基準「DSM-5」の発表以降は「ASD」とまとめて表現されるようになりました。
周囲の理解不足による孤立感
カサンドラ症候群の深刻化には、コミュニケーションに困難がある人と接することの難しさやつらさが周囲に理解されにくいということが、カサンドラ症候群の原因の一つとして考えられています。
特に問題となるのは、外見上は普通の夫婦に見えることです。発達障害の配偶者が社会的な場では適応しており、家庭内だけで現れる問題の見えにくさがあります。そのため、第三者への相談時に理解を得ることが困難で、「優しい人」という外面と実際の家庭での状況にギャップが生じています。
パートナーによる長期間のストレス蓄積
カサンドラ症候群のケースでは、妻(夫)が不調を抱えていても、夫(妻)は何の気にも留めず、ともすれば煩わしそうにするといったことが起こります。そのため、一方が結婚生活に限界を感じると、そこからの関係修復が難しくなることが多いと考えられます。
このような状況が続くことで、配偶者への期待を完全に放棄してしまい、感情的な交流への諦めが生まれます。さらに、関係がうまくいかないのは自分のせいだと考える思考パターンが定着し、心身の不調が慢性化していきます。最終的に、結婚生活の意味そのものに疑問を抱くようになり、離婚という選択肢が現実的な解決策として考えられるようになります。
これらの要因が重なり合うことで、カサンドラ症候群は、アスペルガー症候群の夫やパートナーへの報われない支援の日々から精神的苦痛が大きくなり、カサンドラ症候群を抱える本人が心身ともに健康でいられなくなってしまう状態になります。結果として、離婚という選択肢が現実的な解決策として浮上することが多いのです。

カサンドラ症候群は女性に多い?

カサンドラ症候群になる人は女性が多いといわれます。これは、ASDを発症する割合は、男性が女性の約4倍程度高いためだと考えられています。アスペルガー症候群は女性よりも男性の方が多いといわれており、アスペルガー症候群の夫との生活で、妻がカサンドラ症候群を発症するというケースが多くなります。
また、夫が主に家計を支えている夫婦が多いため、どうしても妻が我慢しがちになることも要因かもしれません。さらに、性格的に考えると、「真面目」「几帳面」「完璧主義」「忍耐強い」「面倒見がいい」といった性格の人がカサンドラ症候群になりやすいとされています。発達障害やグレーゾーンのパートナーや配偶者に対して、真正面に向き合うことで、情緒的交流が難しいと悩み、それでも我慢してコミュニケーションを頑張ろうとする傾向があるからです。
しかし、「妻がアスペルガーで、カサンドラ症候群になった」という夫も少なくありません。カサンドラ症候群は女性だけのものではなく、男性の発症例もあります。日常的に接する機会が多い身近な家族や、職場環境における上司や同僚、部下などが発達障害を有していて、その関係性が長期に持続しており、苦悩する状態が継続する場合には、性別にかかわらず発症する可能性は大いにあります。

カサンドラ症候群の特徴とは
カサンドラ症候群は正式な病名ではありません。そのため明確な診断基準は定められておらず、医療機関を受診した場合はうつ病、パニック障害、不安障害、不眠症などの診断名がつくことが一般的です。
カサンドラ症候群は、パートナーとの関係性や家庭環境を総合的に判断して「状態」として捉えられます。症状は精神的なものと身体的なものに分かれ、人によって現れ方が異なります。

カサンドラ症候群で現れる身体的症状
発達障害のパートナーとの関係による長期的なストレスが、身体にさまざまな不調をもたらします。特に病気がないのに以下のような症状が続く場合は、カサンドラ症候群の可能性があります。
カサンドラ症候群の主な身体症状
- 不眠・睡眠障害(眠れない、夜中に目が覚める)
- 頭痛・偏頭痛
- 慢性的な疲労感・倦怠感
- 体重の大幅な増減
- 腹痛・吐き気などの消化器症状
- 息苦しさ・呼吸困難
- 自律神経失調症(肩こり、めまい、動悸など)
これらの症状は、心的ストレスが身体に現れたもので、一般的な検査では異常が見つからないことが多いのが特徴です。
カサンドラ症候群で現れる精神的症状
パートナーとのコミュニケーション不全や周囲の理解不足により、精神的に大きなダメージを受けます。以下のような症状が現れた場合は、心療内科や精神科の受診を検討しましょう。
カサンドラ症候群の主な精神症状
- 強い孤独感・孤立感
- 慢性的な不安感(落ち着かない、心配が止まらない)
- 情緒不安定(感情のコントロールが困難)
- 自己肯定感の著しい低下(自分は価値のない人間だと感じる)
- 抑うつ状態(何もやる気が出ない、楽しめない)
- 突然の悲しみ(理由もなく涙が出る)
- 罪悪感(自分が悪いのではないかと自分を責める)
- 絶望感(生きていくのが嫌になる)
カサンドラ症候群で現れる社会的な影響
パートナーとの関係における継続的なストレスや精神的負担により、社会生活や人間関係にも深刻な影響が現れることがあります。以下のような変化が見られた場合は、専門家への相談を検討することが重要です。
カサンドラ症候群の主な社会的影響
- 職場でのパフォーマンス低下(集中力の欠如、ミスの増加)
- 友人関係の悪化・疎遠(人と会うのが億劫になる、連絡を避ける)
- 家族や親族との関係悪化(理解してもらえず孤立感が深まる)
- 社交活動からの撤退(外出や人との交流を避けるようになる)
- 経済的な問題(仕事に支障をきたし収入が不安定になる)
- 育児や家事への影響(日常生活の維持が困難になる)
- 地域コミュニティからの孤立(近所付き合いや地域活動への参加が困難)
- 将来への不安増大(人生設計や目標設定ができなくなる)
カサンドラ症候群による心身の不調は、周囲から理解されにくく、「気のせい」「甘え」と思われがちです。しかし、これらは発達障害のパートナーとの関係性から生じる深刻な症状であり、適切な治療とサポートが必要です。
カサンドラ症候群にならないようパートナーにどう向き合う?
夫や妻が発達障害だった場合、相手とどのように向き合えばいいのでしょうか。発達障害の人と生活するには、発達障害について知ることが大切ですし、コミュニケーションのコツも必要です。専門家に相談しながら少しずつ相手を理解していくことが大切です。

専門機関で診察を受け対応方法を学ぶ
発達障害のパートナーと良好な関係を築き、結婚生活を続けたいと考えている場合、夫婦で発達障害についての理解を深めることが重要です。理想的には夫婦で医療機関を受診することですが、自分が発達障害であることを受け入れられない方もいるでしょう。
夫婦での受診が難しい場合は、まず一人で受診し、パートナーの言動についても相談してみましょう。結婚生活の継続を望んでいることを伝えれば、専門家から適切な対応方法についてアドバイスを受けることができます。
理解が困難な場合は受け入れることも必要
発達障害の特性として、他者の気持ちを推測することが苦手な場合があります。強いこだわりを持つ傾向があり、一度固まった考えを柔軟に変更することが困難なこともあるでしょう。このような特性を理解し、時には受け入れることも大切です。
ストレスを感じた際は、趣味や好きなことに時間を使うなど、自分なりのストレス発散方法を見つけておくことをお勧めします。
夫婦カウンセリングを受ける
パートナーと適切なコミュニケーションを取りたい、まだ離婚は考えたくない、と望む方にとって、夫婦カウンセリングは非常に有効な選択肢でしょう。
夫婦関係の専門家の客観的な視点を通じて、感情的な表現が苦手なパートナーとの新しい関わり方を見つけたり、自分自身の感情を整理するためのアドバイスを受けたり、お互いの気持ちや考え方の違いを理解し、より良いコミュニケーション方法を学べます。
なお、夫婦カウンセリングは必ずしも二人で受ける必要はありません。パートナーが参加を拒む場合でも、一人でカウンセリングを受けることで関係改善のヒントを得ることができます。

適度な距離を保つことを検討する
パートナーの発達障害が原因で心身に不調をきたしている状態で同居を続けると、症状が悪化する可能性があります。そのような場合は、一時的に距離を置いて心身の回復を図ることも選択肢の一つです。
別居(家庭内別居)などで距離を取った際は、お互いが日頃の言動を振り返る機会にもなります。カウンセラーや医師などの専門家に仲介してもらい話し合いを行うことも効果的です。ただし、継続的な改善が見られない場合は、より根本的な解決策を検討する必要があるかもしれません。

カサンドラ症候群になったらパートナーと離婚できる?

カサンドラ症候群自体は医学的な診断名ではないため、単独で離婚の直接的な理由とはなりません。しかし、パートナーの発達障害特性による継続的な精神的負担や夫婦関係の悪化が原因で離婚に至るケースは存在します。
法的には、民法に定められた離婚事由に該当する必要があります。具体的には「婚姻を継続し難い重大な事由」として、精神的苦痛や夫婦関係の破綻が認められる場合があります。ただし、発達障害は病気や障害であり、それ自体が離婚理由となるわけではありません。
重要なのは、問題となっている具体的な行動や状況です。例えば、コミュニケーション不全による深刻な夫婦関係の悪化、家庭内での役割分担の極端な偏り、継続的な精神的負担などが挙げられます。
カサンドラ症候群に悩む方にとって弁護士への相談は、複数の重要なメリットがあります。まず、精神的苦痛が離婚事由として法的に認められるかどうか、どのような証拠が必要かなど、感情的になりがちな状況を客観的な法的観点から整理してもらえます。
さらに、将来的に調停や裁判になった場合に備えて、医師の診断書や日常の記録など、どのような証拠を残しておくべきかについても専門的な助言を得ることができます。一人で問題を抱え込まずに専門家に相談することで法的な不安が解消され、今後の見通しが立つことで精神的な安定も得やすくなるでしょう。

離婚自体には応じるものの、養育費や財産分与、子供との面会交流など離婚の条件に強いこだわりを主張して話が進まないこともあります。
裁判で離婚する場合、婚姻関係が既に破綻しており、修復することが不可能であることを裁判所に認めてもらわなければなりません。相手が発達障害であることや、自分がカサンドラ症候群であることは、それ自体では離婚の理由だと基本的に認められません。


カサンドラ症候群で悩んでいたら専門家に相談を
本来、夫婦は互いに理解し合い、支え合う関係であるべきですが、コミュニケーションがうまく取れず、分かり合えない状況が続くのは非常につらいことでしょう。パートナーに発達障害がある場合、良好な夫婦関係を維持するためには、双方の努力と理解が欠かせません。
パートナーの言動や態度によって心が傷つき続け、改善の見込みが立たない状況では、共倒れになる前に自分自身の心身の健康と幸せを最優先に考えることも大切です。一人で悩み続けるのではなく、医療につながる他、夫婦問題に詳しいカウンセラーや弁護士などの専門家に相談し、様々な選択肢を検討してみましょう。
専門家からの客観的なアドバイスを受けることで、関係改善の可能性を探ったり、必要に応じて適切な距離を取る方法を見つけることができるはずです。